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2010年5月25日火曜日

元・名護市議が解説する「辺野古移設容認派」市議たちの役割

☆軍事植民地沖縄統治のセオリー
(宮城康博・元名護市議のブログ)

http://miyagi.no-blog.jp/nago/2010/05/post_c613.html

軍事植民地沖縄の統治には、植民者への協力体制が沖縄になければならない。その役割を担ってきたのが、1998年以来の名護市であり沖縄県である。昨年、日本国中を吹き荒れた政権交代の波の中で、県議会と名護市はギリギリのところで軍事植民地から脱却する方向性の萌芽へと舵を切った。その舵を切れる勇気と決断を与えたのは、政権交代であり、民主党が、鳩山首相が発言していた「国外、少なくとも県外」である。

日本国民のマジョリティは、政治家は、官僚は、沖縄が期待したものの大きさと、裏切られたものの大きさを想像しうるだろうか。沖縄の我々一人ひとりにも、その大きさはじわりじわりと広がり、やがて深みをえて我々を蝕んでいく。植民地主義は、植民地(社会・住民)に対して政治的、心理的、道徳的ダメージを与え続ける。

このような状況の中で、植民者への協力者は嬉々として立ち上がる。

やがて名護市では、私が「誘致派」と呼んだ人たちが立ち上がり、普天間の危険性除去とわが国の安全保障のためにと叫びながら、金を要求しつつ政府と手を結ぶだろう。市議会もそれに呼応して決議などをあげることになる。

岡本行夫氏らはすばやく沖縄で仕事をして去っていったらしい。ヤンバル(本島北部)の首長たちがどういう考えかは知らないが、比嘉鉄也氏をはじめとした名護市の「誘致派」の諸君は、すでにその仕事に呼応して動き出している。

9月には名護市議会議員選挙だ。現職市長の野党多数になれば、市政はかなり混乱するだろう。「誘致派」の諸君は、市長リコールぐらい射程にいれているかもしれない。

「誘致派」の諸君さえ動かなければと思うだろうが、彼らは動く、人間が目先の利益に聡いのを責める高邁な道徳心だけで世界は成っていない。沖縄とて世界だ。




《備考》

☆普天間・辺野古案、名護で28日に反対市民集会 (読売新聞)

http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/politics/20100524-567-OYT1T00572.html

http://www.asyura2.com/10/senkyo86/msg/874.html

沖縄県の米軍普天間飛行場移設問題で、現行計画の予定地である米軍キャンプ・シュワブ沿岸部のある名護市辺野古周辺への移設案を政府が固めたことを受け、同市は24日、受け入れに反対する市民集会を28日に開くことを決めた。

同市議会議員27人のうち、辺野古への移設を条件付きで容認した前市長派12人は集会に参加しない見通し。




三上智恵(那覇市)
http://twitter.com/chiemikami/status/14525626688
名護に行きます 
たとえもうこの流れが止められず崩れていく辺野古や名護の構造を再びみることが避けられないとしても一人一人がどんな思いでいるか大事な事は伝えなくては



三上智恵(那覇市)
http://twitter.com/chiemikami/status/14546176244
地元・辺野古の行政委員会に続いて、名護市議会は容認決議案という最悪のシナリオに向かっているそうな
先にワンしておいしいものをもらおうとするいつものメンバーが、磁場を固めつつある模様
みっともないことをするほんの一部が、沖縄とそれに連なる多くの努力を どぶに捨てるんだ

〔風刺?動画〕Japanese Martian Sheep

ROCKETBOOM

http://www.youtube.com/watch?v=80cX0nihtpQ

Molly reports on the search for life on mars, the creation of artificial life on earth, and the speculation of life on Venus.

辺野古新基地は米軍基地から自衛隊基地に転用されるとの見方

聞得(嘉手納基地の目の前に住んでいた)
http://twitter.com/fusou_island


1)荷造りに必死になって、パソコンになかなか向かえず、メッセージを多く頂戴しております。お返事が出来なくてすみません。頂いたメッセージの中に「今も核はあるのですか?慎太郎が似たようなことを著書でかいていましたが。」というお問い合わせがありました

2)なので、その辺について今、私が知っている限りのことを書いておこうと思います。結論から言うと「解らない」です。「ある」という方は自信を持ってそうおっしゃてますし、「ない」と仰る方は「辺野古に核があるなんていうバカがいたら、俺に電話させろ」というほどなのです。

3)それぐらい情報が錯綜している、というのが実情です。私はジャーナリストでもなければ、軍人でも政治家でもない、ただのおばさんですので、実際のところをこの眼で見るチャンスはありません。ですから「核武装が可能である」という表現にしました。つまり、今はなくとも将来的になら可能.

4)そして遂にツイッターでも、神浦さんより情報が流れているように、この基地は「米軍」のための基地では実はありません。最終的に自衛隊の基地になるのです。このことについては、田中宇さん、多摩大学のグレゴリー先生

5)島の建築家でオスプレイ配備について誰よりも早く声をあげた真志志好一さん、また外交官の防衛大教授、孫崎氏までが言葉は違えども、「辺野古の基地は米軍のための基地ではない、自衛隊の基地である」旨、お話なさっておられます

6)単に「普天間の移設」ならば、こんなに大きな基地は要らないはずなのです。すなわち、核武装がいつでも可能な自衛隊基地を「沖縄に」置いておこう、という考えだと思います。そうすれば、いつ戦争が起きようともまた、沖縄を「捨て石」として使える。

7)結局、日本という国は大日本帝国憲法の中から、抜け出ていない。その深いところで。人の命の尊さには、ランクがあるのだと、真剣に思っている。そして、そうあることが日本人であることの証明だと思っている…私のいっていること解りますか?

8)この国の憲法は完全に矛盾している。1条で「天皇制」を定めながら14条に「法の下の平等」を持ってくる。天皇といえども人間です。14条が適用されてしかるべしなのです。天皇制と、沖縄の問題、そしてアイヌの人達の問題は全て一緒なのです。

9)結局、未だ「大日本国憲法」の中に生きている人が大勢いる、ということです。



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《備考》


☆核密約文書、佐藤元首相邸に…初の存在確認
(2009年12月22日の読売新聞)
http://www.asyura2.com/10/senkyo76/msg/577.html

沖縄返還交渉を巡り、当時の佐藤栄作首相とニクソン米大統領の間で交わされたとされる有事の際の核持ち込みに関する「密約」文書を佐藤氏の遺族が保管していたことが22日、明らかになった。

密約の存在を裏付ける決定的な証拠が発見されたことになる。

外務省はこれまで文書の存在を否定してきた。日米間の密約の存否の検証を行っている外務省の有識者委員会の判断にも大きな影響を与えるのは必至だ。

佐藤家で発見されたのは、ワシントンで行われた日米首脳会談で極秘に交わされた「合意議事録」の実物。読売新聞社が入手した「合意議事録」の写し(英文2枚)は、1969年11月19日付で、上下に「トップ・シークレット(極秘)」とある。文末には佐藤、ニクソン両首脳の署名がある。

文書では、米側が「日本を含む極東諸国防衛のため、重大な緊急事態が生じた際は、日本と事前協議を行ったうえで、核兵器を沖縄に再び持ち込むこと、及び沖縄を通過する権利が認められることを必要とする。米国政府は好意的回答を期待する」とし、有事の際の沖縄への核持ち込みを両首脳が合意したことが記録されている。日本側は「そうした事前協議があれば、遅滞なくその要求に応える」と明記されている。また、「米国政府は重大な緊急事態に備え、沖縄に現存する核兵器の貯蔵地、すなわち嘉手納、那覇、辺野古、及びナイキ・ハーキュリーズ基地をいつでも使用できる状態に維持しておく必要がある」と記している。

文書は2通作成され、1通は日本の首相官邸、もう1通は米国のホワイトハウスで保管するとしてある。佐藤氏は首相退陣後、自宅の書斎に私蔵していた。

佐藤氏が75年に死去した際、東京・代沢の自宅にあった遺品を遺族が整理していたところ、書斎机の引き出しから見つかった。

机は首相在任時、首相公邸に置かれ、退任後は、自宅に持ち運ばれた。関係者によると、元首相は生前、文書の存在について寛子夫人(故人)も含めて家族に漏らしたことはなかった。佐藤元首相の二男の佐藤信二元通産相は「(元首相は)外遊の際はアタッシェケースに書類を入れて持ち歩いていた。

69年の訪米の際も、帰国してその文書をアタッシェケースから書斎机に移したのだと思う」と証言する。密約の存在は、返還交渉で密使を務めたとされる若泉敬・京都産業大教授(故人)が1994年に著書「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」(文芸春秋刊)で暴露した。



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聞得(嘉手納基地の目の前に住んでいた)
http://twitter.com/fusou_island


1)おはようございます。今日も朝から荷造りゆえ、昨日頂いた「核武装が疑問」についてお答えさせて下さい。復帰前には辺野古弾薬庫にはメースD なる核兵器がありました。これについては、地元で長年、基地の反対運動をなさっている方から証言を得ています。

2)その後、これは、元通信社の記者さんから得た証言です。その方のお話では「辺野古には核がある、だから(普天間の移設地は)辺野古しかないんだよ」ということでした。

3)後日、現在沖縄で暮らしている、大変に米軍に詳しい方に「この話は本当なのか」と確かめたところ、「あなたにそうおっしゃった方は上空から(恐らくはかつてメースDを容れていた)弾薬庫をその眼で見ている。それゆえにその結論が出たのでしょう」ということでした。

4)すなわち、辺野古は現在核はなくとも、いつでも核武装が簡単に出来る基地である、ということです。

4)私は最初、揚水式発電が高江の山の中にあることから、核ではなく、原子力発電所があるのではないか、と考えていました。でも、本当は違う。辺野古は現在核はなくとも、いつでも核武装が簡単に出来る基地である、ということです。

5)そして、外務省が調査した(この調査委員会に、米国の公文書館から裏づけとなる文書を取って来た何よりも証言が必要なるはず人が入っていません)沖縄の復帰時の密約に関し、他の3つの密約は認められているにも関わらず、

6)佐藤元首相の私邸から出てきた「有事の際の沖縄への核の再持ち込み」の密約だけが認められていません。他の3つの密約は認められているのに、です。なぜか。「現在、この密約が生きているから」それ以外に理由は考えられません。すなわち米国は現在、イランとアフガンにおいて「有事」にあります。

7)いつでも、辺野古に核を持ち込める。そして、そこに自衛隊が入ってくれば、その核は自衛隊のものになる。辺野古の核武装ついて、私が調べたことは以上です。


8)ここからは私の一人での考えですが、鳩山首相は恐らく、このことを知らずに選挙前に「県外・国外」と言っていた、と思います。当たり前です。何しろ「密約」なのですから。そして政権与党になった時、初めてことのことを知った。そして、考えたのでしょう。

9)「沖縄には核をおいてもいいが、本土はダメだ」と。この思考が私は許せません。明治時代に、沖縄の人間を博物館に展示していたヤナナイチャーと、考えの源泉は一緒なのです。私は自らが本土に暮らして、しかも家族も本土の人間ゆえ、家人とこのことについて死闘を繰り広げました。

10)10年近い時間をかけて、主人は何十冊と沖縄に関する文献を読み漁り、私は大喧嘩の後、ICUに入って初めて、主人は「沖縄が何を考えているか」を理解したようです。それぐらいのことなのです。たった一人に解ってもらうのさえ。

11)ですので、私は本土の人に対しては、今は何らの期待ももっておりません。それゆえに、とても、鳩山首相が沖縄の人間の気持ちを理解できるとも思いません。なので、「沖縄には核をおいてもいいが、本土はダメだ」というのは、当然の結論だと思っています。

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